【ブッダの神髄を伝える】

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2021/09/24 11:31


「人に慕われたいなぁ、どうすればいいんだろう?」 そんな思いを持つ人々は少なくない。組織に属していれば、年齢やキャリアに応じて人の上に立つことがある。そんなとき「どうやったら、私は部下から慕われるだろう?」と考えても不自然ではない。男女の関係だって、ものすごく好きな相手がいれば、「あの人に愛されたい!」と願うだろう。

しかし、はっきり言えば、「どうしたら慕われるか、愛されるか」なんて考えていること自体、完全に間違っている。なぜなら「あなたを慕うか、慕わないか」は、相手が勝手に決めることだから。相手の自由を奪ってまで、私を好きになるように策をめぐらせても通用するはずがない。「慕ってほしい」「愛されたい」と望むのは自由だが、そんなことを希望しているうちは他人から慕われないだろう。

逆の立場で考えてみよう。あなたの上司が、あなたに仕事を教えてくれている。そのとき上司の言動から「ああ、この上司は私に慕ってほしいんだな」とわかったら、あなたはその上司を慕うだろうか。「部下は上司を信頼すべきだ!」と説教されたら、信頼するだろうか。そんなことはあり得ないだろう。「なんだかこの上司、気持ち悪いな」と思うのが関の山だ。

男女の関係でも、私が「理想の相手だ、あなただけだ、only you」と強く思い続けて、しつこく追いかければ追いかけるほど、相手には「キモい、気色悪い」と嫌悪され、敬遠されて終わる。「慕われたい、愛されたい」という気持ちは、私のエゴだ。そんな気持ちが根底に流れていたら、人とのつき合いは決してうまくいかない。

人間同士のコミュニケーションとは、「相手のために役に立つことをする」「相手が喜ぶように話す」のが基本。もともとが相手のため、相手を喜ばすための行為。慕われるかどうかは、その結果の話だ。自分が上司になったときは、「部下が気持ちよく仕事をするために、こんな風に変えてみよう」とか、「こんなことを教えてあげたら、もしかしたら仕事がスムーズに進むかも」と気を使って、ちょっと配慮してあげる。その行為が部下のためになったら、自然に部下はあなたを信頼するようになるかもしれないし、信頼しないかもしれない。それは相手が勝手に決めること。あなたが関与できる問題ではない。

もちろん相手に信頼されれば嬉しいし、信頼されなければ残念で寂しい気持ちになるだろう。それでも、「相手のために役に立つことをする」というコミュニケーションの基本は変わらない。「慕ってくれるからする」「慕ってくれないからしない」という話ではない。そのあたりを勘違いしないように気をつけよう。「慕ってくれるか、くれないか」なんて相手の問題に意識を向けるのではなく、「相手の役に立つために、どうすべきか」というコミュニケーションの基本に立ち返ろう。

正しい慕われ方は、自分の方から相手を追いかけて、機嫌を取って、自分の方を向いてもらって、強引に束縛することではない。追いかけていくと、相手は逃げてしまうに決まっている。正しい慕われ方とは、自分の人格の力に惹かれて、相手が寄ってくることだ。自然に他人が惹かれてくるところに、「何とかして慕われなくては...」という無理はどこにもない。


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