【ブッダの神髄を伝える】

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2022/01/19 16:59


どんな人でも、いざとなれば自分という人間はそれほど頼りになる存在ではない。自分の心を少しでも観察すれば、すぐにわかることだろう。

「私は強い人間だ」と思っている人でも、誰かに批判されたり悪口を言われたりするだけで、心は揺らぎ、傷つく。予期しない出来事に見舞われたら、ショックを受けて落ち込む。「私は賢い人間だ」と思っている人でも、仕事でトラブルを免れることはできないし、人間関係の問題なしにやっていくこともできない。そんなときに自己観察すれば、「私は頭がいいなぁ」とは、さすがに思えないはずだ。「私は嘘をついたり、ズルをしたり、悪いことは絶対にしない」。そう決意していても、何かのきっかけで軽い嘘をついたり、ちょっとしたズルをしてしまうのが人間というもの。

つまり、自分という人間は、まったく当てにならない存在だ。今、私はこうすると思っていても、次の瞬間どう変化しているか、自分にさえ予想がつかないのが真実の姿。「信じられるのは自分だけ」などと自信たっぷりに言う人がいるが、その自分とは、本当は実に頼りにならないものなのだ。

仏陀の時代、パターチャーラーという大富豪の娘が、家で働いていた身分の低い召使いと恋に落ちて、駆け落ちした。大雨が降る森の中で二人目の子を産み、子供をかばって朝起きてみると、夫は蛇にかまれて死んでいた。二人の子供も、一人は洪水に巻き込まれて、もう一人は鳥にさらわれて亡くなってしまった。

錯乱した彼女は、実家の両親のもとに帰ろうとするが、やっとの思いで戻ってみると、昨日の豪雨で雷が落ちて、家は跡形もなく焼け落ち、両親も兄弟も全員亡くなったと聞かされる。

その瞬間、彼女は気が狂ってしまった。泣き叫び、着ているものは全部脱げ落ちて、それにも気付かないまま歩き続けた。すべてを失って絶望のどん底にいる彼女を見かねた周囲の人が、仏陀のところに行くよう勧めた。仏陀のもとにたどり着いた彼女に、仏陀は、「この世に頼れるものは何もない。誰も頼れる者はいない。両親も、兄弟も、夫も子供も、財産も、そしてあなた自身も、何一つ頼れるものはないのだから、すべて捨ててしまいなさい」と説く。
それを聞いて彼女は、「そうか、私は、何ものにも頼らない心をつくらないといけないんだ」と気付き、出家して悟ったという。

心という働きは、何かの対象を取って認識作用を起こす。瞑想によって「頼る」と「頼られる」の両方ともなくなったとわかる瞬間で、何にも頼らない瞬間が現れる。この大革命が悟りと言われる。頼らない心とは「とらわれない心」ということ。人は、いろんなものに頼るとラクに生きていられると思っているが、実は、自分にすら頼らない方がラクに生きていける。自分を頼ったり信じたりするのは、自らが持っているさまざまな考えや信念にとらわれることにほかならない。それは不自由な生き方だ。「ああしなければ」「こうするべきだ」と、生き方のルールをたくさん作って、かえって生きることを困難で不幸なものにしてしまっている。

「自分すら頼りにならない」とわかっていれば、自分自身をがんじがらめにしている固定観念から解放されて、柔軟な対応ができるだろう。そうなれば失敗も当然少なくなる。自分にも、何にも頼らない生き方は、心に重荷を背負うことがなく、どこまでも自由だ。「頼るものが何もない」という生き方は、何かを信じて、何かに頼って生きていくより、よほど自分を救ってくれるのだ。


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